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首都サラエボで見た景色

今日はモスタルから首都サラエボに向かいます!
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モスタル→サラエボ 20マルカ(約¥1365) 約2時間40分



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サラエボに着き、いきなりジプシーらしき物乞いが多い。
今までは全然いなかったので、何だか治安が悪いというか貧富の差があるのだろう。

サラエボまで来るバスで日本人っぽい旅行者が一人でいて話したら日本人大学生で、今日の予定は決まっていないとのことなので一緒にサラエボを周る事に!

いつも思うんですが、海外だと日本人だと思ったら韓国人や中国人ってことがよくあります。

まぁおっちゃんやおばちゃんだといかにもって服装しているので分かりやすいんですがね(笑)


お互い旧市街の近くに宿を予約してあるのでそこまでトラムで行くことに!





まぁ街中にレトロな年代物のトラムが走ってます。
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トラムの中でジプシーらしきガキがスリしてこようとするし、

学生らしき若者たちに「チャイナ!チャイナ!」、「ジャパニーズ!ジャパニーズ!」、「ニイハオ!」
ってしつこく大声で小馬鹿にされるわ、ラリった兄ちゃんたちに絡まれるはでサラエボに着いて
早々に気分悪いし印象が悪い。



お互い一旦荷物を置きに宿へ行き、旧市街の中心地バシチャルシャで再度集合する事に。




セビリと呼ばれる水飲み場。
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旧市街のバシチャルシャはオリエンタルな雰囲気がとてもいい感じです。
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ここサラエボ博物館の前で歴史的事件が起こりました。IMG_0895.jpg



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ラテン橋
ここでオーストリア皇太子夫妻がセルビア人青年に殺され、
それがきっかけで第一次世界大戦が勃発になりました

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街中いたるところに紛争の爪痕が
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おびただしい銃弾の跡
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補修が生々しい
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紛争中も唯一営業していたホリデーイン
世界中のカメラマンやジャーナリストが利用していました。
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ホリデーインの前の通りを通称”スナイパー通り”と呼ばれ、紛争中はセルビア軍に動くものは全て標的になり老若男女問わず多くの人が犠牲になりました。
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街の道路で見られる「サラエボのバラ」と呼ばれるこの赤いの
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砲弾によって死者を出した跡を、赤い樹脂のようなもので埋めたらしい!




よく街中で見かけたスプレーアートのような人の顔。
結局なんだかわからなかった
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サラエボオリンピックの時の聖火
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バシチャルシャ周辺には各宗教施設が共存しておりみな徒歩10分以内と近い位置にあります。
ホントに多民族国家だということを実感させられます


イスラム教のモスク
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カトリック大聖堂
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ユダヤのシナゴーグ
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教会の近くでイスラムのアザーンが聞こえて来るのが不思議な感じである。

サラエボ市民には日常の事なんだろうけど
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地元のスーパーでちょっと寄り道

スーパーは何となく地元の人の食生活がわかるので大好きです!
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日本でもこういうボリュームでチーズやフレッシュなお肉が買えるといいのになぁ
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バシチャルシャを北に登るとたくさんの白いお墓が
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本日の宿
バシチャルシャから300mくらいで立地はいいんだけどコスパが悪い。
wifiは普通に繋がる、いかんせんボロイ!
Hostel Hayat シングル30€
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ボスニア2都市を周って歴史的な事にも少し目を向けられたし、紛争の爪痕は正直引くけど
結果楽しめたし来れてよかったと思います。

ボスニアの人は皆優しいけど、治安が悪いのもまた事実。
貧富の差もあるように見えるし、これはボスニアに限って言えることではないけど満足に教育が受けられていないから職につけないという現実がスリや物乞いになってしまうのだろう。
ボスニアが本当の意味で復興が果たせるのはまだまだ時間がかかりそうな感じである
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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 03:47 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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街の人気もの”スターリ・モスト”

ここモスタルの一番の見所スターリ・モストへ行ってきます。



宿から徒歩10分くらいでバザールのような雰囲気のよい土産物屋さんやレストランなどがたくさんみえてきました。
こういう雰囲気はとっても好きです。
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観光客でとっても賑わっています。
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目的のスターリ・モストと呼ばれる橋へ向かいます、

でもその前に美味しそうだったのでついつい寄り道o(^▽^)o
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さて本題へ
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この橋めっちゃツルツル滑ります!
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スターリ・モストは紛争中の1993年に破壊されユネスコの協力で復元されたのが2004年になってからだそうです。世界遺産にも登録されています。

橋の入り口にこんなものが!
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橋は結構な高さなんですが地元の人は度胸試しでこの橋から飛び込むらしい!



ちょうど飛び込む女性がいた!
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ちょっっ!!すごっ!!
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ヒョエエエーーーー!!

飛び込んでから着水までが長い!!
しかも腹から落ちてるしめちゃくちゃ痛そう。
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早々おもしろいのが見れた♪
こんなの怖くて絶対オレならできないけどね。









街はこのネレトヴァ川を挟んで東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けがされています。
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このモスクの塔が昇れるので眺めががとても良さそうなのでいってみることに
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この螺旋階段歩幅がめっちゃ狭いので上り下りしづらい!
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でも上からの眺めは最高!!

とってもいい感じ♪
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何がと言われると根拠はないんだけど”THE東欧”を感じます!
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お腹がすいて何か食べようかなぁ~って思ってたら、民族衣装着たキレイなお姉さん客引きする
ボスニア料理のレストランについつい行っちゃったs(・`ヘ´・;)ゞ
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オススメを食べたが、
うーーん微妙。
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食後のボスニアコーヒー。
飲み方を聞いたら最初にカップに入っている菓子を食べて(ドライフルーツの様な食感でめちゃくちゃ甘い)
カップに砂糖を入れコーヒーを注いで飲むらしい。

美味しい♪
美味しいから2杯飲んじゃいました。量が少ないってのもあるけど。
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街歩き
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一旦宿に戻って、夜はスターリ・モストがライトアップされているとの事なので暗くなってからまた行ってみることに!
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暗くなったら同じトコでも違った街のように感じます。
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ん~ん何だか微妙だなぁ!
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ライトアップはきれいはきれいなんだけど個人的には微妙なので早々退散することに。

途中ターミナルで会った韓国人ツーリストにまた会ったので一緒にご飯食べようってなったので飲んで食べてで本日は終了です。まぁ楽しい時間が過ごせました!
やっぱり旅での出会いって最高だね。

ツアー旅行では味わえない個人旅行の醍醐味だね。





やっぱりスターリ・モストは昼間のこっちの方が好きだなぁ!
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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 06:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ビビってボスニア

こんにちは^^

今日はドブロブニクからボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという街に向かいます。
正直治安が悪そうだし怖そう。
ドブロブニク→モスタル110.5Kn+荷物代8Kn(約¥1900+荷物代¥140)
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ドブロブニクを出発してアドリア海を横目に進みます。
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途中2回休憩があったんだけど1回目の時に休憩15分と言われたんだけど、トイレがめっちゃ混んでいて
時間オーバーしちゃったんだよね
欧米人なんか絶対時間に来てないと思ったのにバスの乗客はみんな乗っていてオレ待ちになっていて、2回目の休憩の時なんかみんなに「15分だからね!」
って釘を刺されました!
ゴメンなさいーーーーーー!







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3時間半くらいでモスタルのターミナルに到着。
バスを降りるとすぐに宿の客引きがウザイくらいたくさん来る。
ドブロブニクのターミナルで話した韓国人ツリーストもいて「宿決めた?」って聞かれて
、「予約してあるから大丈夫だよ!」って言って別れました。
その子もめっちゃしつこく宿の客引きされてたけどね。


まずはボスニア通貨を両替しないとと思って、探したけど両替所が見つからなくてバスターミナルの中にあるINFO的なトコで聞いたらココで出来ると!&バスチケットも買えるのでついでにサラエボ行きのチケットも買っときました。
モスタル→サラエボ20KM(約¥1345)
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宿を探し歩いていると地図を見てるからなのか街行く人が結構みな優しくて「May I help you?」って親切に何人も話し掛て来て場所を教えてくれました。
何だかみんな優しいぞ!
警戒して歩いていたけど大丈夫そう!!
自分が勝手に冷たそうと思っていたボスニアの印象が変わりました。




結果みな場所間違ってたけどねヽ(・∀・)ノ




ボスニアは多民族が混在している多民族国家なので街中からイスラムのアザーンも流れて来ます。
何だかとても懐かしく感じます。
アザーンのボリュームも中東と違って爆音で流れているのではなく申し訳なさそうな感じの控えめなボリューム
で流れていました。
これなら朝っぱらからアザーンで起こされることは無さそう♫







宿に向かう途中も紛争時に破壊されたであろう建物や
おびただしい銃弾の跡がたくさん!


何とも言えない気分。
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ここモスタルも首都のサラエボに次いで被害が大きかった街の一つです。
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バスターミナルから歩いて30~40分で予約したB&Bに到着。
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B&Bって書いてないからしばらく宿の周りを行ったり来たりしちゃったよ!
初めてだから知らないけどB&Bってそういうものなのかな!?




今日の部屋
シングル24€美味しい朝食付きでした。
wifiも速かったし観光名所のスターリモストまで徒歩10分くらいの立地で快適でした。
でも夜がめっちゃ寒かった。
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さぁてこの街の見所に行きますか!!

| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 05:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボスニア・ヘルツェゴビナって国

こんにちは。

みなさん、「ボスニア・ヘルツェゴビナ」って国はどんなイメージがありますか!?

僕は詳しくはわからないけど紛争の印象が強いのとオリンピックくらいですかね。あとはサッカーの元日本代表監督オシムの出身だね。

正直、戦争はとっくに終わっているけど東欧ってこともあり治安が悪そう、人が冷たそう、街は閑散としてそうとか僕の勝手な先入観でそんなイメージしかなかったです!

なら行くなよ!って話になるけど来てみたかったんです。


まずは1992年から1995年まで続いた、「ボスニア戦争」

その前に少し旧ユーゴスラビアの事を. . . . . . . 。

ユーゴはストイコビッチがいた国でサッカーが強かった国だね!

ユーゴは6つの共和国で構成されていました。
・マケドニア ・セルビア ・モンテネグロ ・クロアチア 
・スロベニア ・ボスニア

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今はみな独立しているけど当時はこの国らをまとめて「ユーゴスラビア」って言ってたんだよね。

5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字これがユーゴスラビア。

いわゆる多民族国家。

この多民族国家をチトーという指導者がうまくまとめていて比較的仲良くやっていたんです。

こんなにたくさんの民族、違う宗教をまとめていたんだからすごい!
今じゃ考えられなよね!?



しかしチトーの死後ユーゴは混乱してソ連等の民主化の流れに乗り共産体制をやめる流れになります。
そのあたりから、民族主義、分裂主義、多民族排除という思想が強くなっていきます。
「自分たちで自分たちの国をつくる」みたいな


そしてセルビアがコソボ自治州の併合を強行しようとすると猛反発し、90年に独立を宣言し、これをきっかけに
ユーゴスラビア国内が泥沼の内戦状態になっていったのです。

これがユーゴスラビアが分裂していく
「ユーゴスラビア紛争」です。


そこから各共和国が独立を目指し、その中の一つのボスニアも1992年に独立を宣言し、そこから「ボスニア戦争」が始まっていったのです。


ボスニアには3つの民族が共存していて
・ボシュニャク人

・セルビア人

・クロアチア人


この3つの民族同士で争ったのが「ボスニア戦争」。




そして約3年半続いた激しい紛争もNATOの介入で停戦に。
この3年半の紛争で死者20万人。
難民200万人、そして民族浄化と呼ばれる(大量虐殺、レイプ、強制出産)というのがたくさん行われました。
数多くの一般市民も犠牲になっています。


今回のボスニアの旅は
この紛争で一番激しい戦場となった首都サラエボとモスタルの2都市を周る予定です。



だいぶ省略しましたが、まだまだ勉強不足な為伝わりづらいですが、この国に来るのにあたり少し歴史に触れようと思いました。


暗くなるのではなく少しでも歴史を感じながらこの国を満喫したいと思います。

| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 05:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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